Taking No Short/04 |
■ ■ 5ヶ月前 ■ C
贅沢なまでに大きな窓からは緑色の草原が広がり、人工光を受け光り輝いている。広がる草原とその先に見える広陵は半年前まで戦争があったとは感じさせない。
戦争の火種は決して消化したのではなく、今もあちらこちらでくすぶっている。
窓に向かって置かれた椅子に腰をかけたシャアは流れる雲を見つめていた。
軽いノック音の後、栗毛色の髪を後ろに束ね紺のスーツに身を包んだナナイ・ミゲルは振り返りもしないシャアの傍まで歩み寄るとファイルを差し出した。
「捜し物が見つかりました」
「そうか・・・」
「 ――――― 大佐」
ファイルを受け取りその内容を確認すると何か言いかけたナナイは言葉を飲み込んだ。
まっすぐ前を見詰めていたシャアは立ち上がるとナナイを見つめゆっくりと言葉を告げる。
「ナナイ、私は決めたのだよ」
―――――― 誰にも邪魔はさせない
静かな声色の中に秘められた決意の固さはナナイにも十分に伝わるものだった。
ナナイ・ミゲルはシャアと共にあの戦争を戦った。彼女はシャアの恋人であり、戦友であった。ただし、恋人というのは世間的にそう呼ばれていただけで、実際問題はそういうものではなかった。
女としてシャアの傍に居たいと思った時期もあったが、その関係に疲れを感じていた時に、あの作戦が繰り広げられた。
あの時に触れたシャアの思惟は、アムロと共感しあえた喜びに満ちているものだった。
自分が以前彼に伝えたこと・・・・。似たもの同士が憎しみ合うのは愛しさの裏返し…。
あの日、νガンダムから発せられた翡翠色の光は慈愛に満ちたもので、それは人々の地球を救いたいという思いを取り込み光の輪を広げた。
人々が抱くべき絶望があの光が発せられていから感じることはなかった。あの時、シャアが感じた不思議な温かさと安らぎをナナイもまた感じ取っていた。そして、その温かさは間違いなくアムロから発せられたもの。
アクシズの軌道を変更させた力は人々の思いとシャアとアムロが共感しあえた力。
ナナイ・ミゲルの知るシャア・アズナブルはあの時に死んだのかもしれない。
それでも、ナナイはシャアのことを ―――――――― 。
アクシズでシャアはアムロと語り合った・・・。
あれを『語る』と表現していいのかどうか分からないが、それでもあの時、確かにシャアはアムロと語り合った。
νガンダムのコックピットを覆うサイコフレームは、アムロの集中しすぎた意識を放出し共振した。そのときに感じた温かさを忘れることは出来なかった。
あの時、アムロと共に死ぬと思っていた。
シャアはまさか自分が生きているとは思いもしなかった。
光に包まれ確かにこの身を消失したのだと・・・・。
アムロに包まれ自分は死んだのだと思った。
しかし、そうではなかったのだと、そう実感したのは生きていると感じたのは見慣れた一室で見慣れた女性の顔を見たとき。
「大佐・・・」
自分を呼ぶナナイの声は、今まで聞いたことがないほどに震えていた。作戦指令官として冷静に指揮をとる彼女らしからぬその声。
「生きているのか・・・」
どうして生きているのか・・・と、呟いた言葉はナナイの耳まで届いたのか・・・。
ナナイは何もいわず、ただ肩を震わせていた。
コックピットの耐久性が優れていたこともあるが、なによりもνガンダムによりアクシズに押さえつけられていたことで摩擦熱はガンダムがカバーをした形となっていたようだ。日ごろから鍛えていたこともあるかもしれないが、肋骨の骨折と左肩骨折、右脹脛裂傷だけの全治2ヶ月の軽傷…、あの状況でこれだけの怪我で済んだのだから軽傷と呼んでいいものだろう。
自分が生きているのだから、アムロ・レイもまた生きているに違いない。
シャアはそのことを疑わなかった。
あの状況で、自分が生きているのだから・・・。
自分が生きているのだから、アムロが死ぬはずはない。
シャア・アズナブルにとってそれは疑う余地のない事実。
目覚めてからアムロの消息を探し一ヶ月が過ぎてようやくその所在地を掴むことが出来たのだった。
あとは自分のこの身体が自由に動くようになるまでに、やれることをやるだけ。
「・・・私は酷い男だ」
相変わらず窓の外を見つめたままのシャアが呟いた言葉は、誰に向けての言葉なのか。彼の望む情報を持ってきたというのに、自分を見ないシャアは確かに酷い男だろう。
それでも、ナナイは今のシャアの方が好みである。
重たく背負っていた荷物を降ろしたシャア・アズナブルから感じるのは覇気のある思惟。一ヶ月前には感じなかったもの。
「そうですか?」
形のよい唇に笑みを浮かべる。
「自分のことしか考えることが出来ない」
何を弱気になっているのです?とくすりと笑みを浮かべ言葉が続けられた。
「弱気にもなるだろう・・・」
「今まで充分に他の人々のことを考えてきたのですからいいのでは?」
ナナイの言葉にシャアは何も答えることは出来なかった。
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